【ご年齢】
山下  剛 さん(移住当時46歳)
阿部 麻紀子さん(移住当時39歳)

【移住歴】
平成25年9月にIターン

【移住前と移住後の住所】
移住前:埼玉県所沢市
移住後:山口県長門市東深川

【現在のご職業】
山下さん…グラフィックデザイナー
阿部さん…WEB関係(クリエーター、ライター)の仕事。また、WEB関係の仕事に加え長門市での人脈を広げるため市内のスーパーでアルバイトを始める。

【家族構成】
2人

【移住のきっかけ】
東日本大震災です。地震そのものの怖さはもちろんですが、物流機能が一時的に停止し、日頃簡単に手に入っていた物が、手に入らないという都市生活のもろさや原発事故による放射能汚染などを経験しました。こうした経験や将来的に起きると言われている首都直下型の地震から、安全・安心な生活への不安を覚える様になり、以前から思い描いていた田舎暮らしを本格的に考えるようになりました。
私(阿部さん)は、東京のフランス料理店でソムリエとして勤務しており、その料理店で取り扱う食材の多くが、山口県萩市や長門市のものでした。その食材の良さから長門市を知り、興味を抱くようになりました。
長門市を調べると自然豊かな土地であること、そして、福岡市や広島市まで車で3時間以内でのアクセスが可能であることが分かり、私たちの仕事も工夫次第で成立すると判断しました。最終的には、長門市を2度訪れ、自分の理想に近い場所だと思い、移住に至りました。

【移住して良かったこと】
やはり、食べ物です。食べ物の魅力は、移住先を決定する際の、一つの理由でしたが、豊富な農産物や水産物は、私たちの期待を超えていました。先日、知人に誘われ夏ミカンを採りに行き、マーマレードづくりに挑戦。特に商品にしているわけではないので、何も手をかけられていない夏ミカンは、見かけは悪いけど、完全無農薬。作ったマーマレードを首都圏の知人に送ると大好評でした。身近なところで、新鮮で安全な食材が手に入る。スーパーでは、手に入らない、隠れた食材を自分達で発見。そんな楽しみを味わえるのは、田舎に住んでいるからこその醍醐味かな。
その他には、仕事の合間に自転車で市内を巡っているとタイヤがパンク。困っていると近所の方が、自転車を車に積み自宅まで送ってくれました。東京では考えられない、人の優しさに久々に触れることができました。こうした人の優しさも田舎ならではの良さでしょうか。

【移住して意外だったこと】
現住所が市の中心部ということもあるのかもしれませんが、意外に小中学生に会います。通勤時に、集団登校中の小学生とすれ違いますが、すれ違うと元気のよい挨拶が返ってきます。子どもたちの登校時には、近所の方が玄関先に立ち、子どもたちの登校を見守っています。商店のご主人から高齢者まで地域全体で子どもたちを育てようとする地域の姿勢にびっくりしました。都市部で子どもたちと触れ合う機会がなかった私たちには、とても新鮮でした。
水がおいしい。移住してすぐに家電量販店で浄水器を求めましたが、店員さんから怪訝な顔をされました。その当時は、不思議に思いましたが、飲んでみて納得。水道水でも、においや臭みもほとんどなく浄水器が必要ないのですね。
住んでいるところが海の近くということもあり、風が強いなという印象。気温や雪などは、聞いていましたが、風が強いのは、想定外でした。
仕事の合間に出かけるサイクリングは、自然豊かな長門を感じることができる楽しみのひとつです。海や山は、日々異なる姿を見せてくれ、その美しさや爽快感からか、道のりを考えず、自転車を走らせてしまい、帰宅するのに苦労することもあります。首都圏は、関東平野が広がりますので、苦になりませんが、長門市は中山間地域。思っていたより起伏の激しい場所が多く、自転車での移動には体力を使います。やはり車は必需品だと改めて感じます。

【移住者へのメッセージ】
長門市は、手つかずの自然が残っており、観光地化もされておらず田舎暮らしには、理想の土地です。でも、生活していくためには、仕事が必要。私たちは、仕事柄、相手先と実際にお会いしての打合せが重要になるため、仕事への影響も覚悟の上で、移住を決めました。現在は、高速インターネット網を活用し、打合せの回数を減らすなど工夫をすることで、地理的に不利な部分をなんとかカバーしている状況です。田舎暮らしを考えられている方、当然、将来の不安はあると思いますが、工夫をすることでなんとか乗り越えることができます。大切なのは、一歩を踏み出す勇気と覚悟です。

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